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松山製菓:番外編 (会社のうらばなしと名古屋の駄菓子に関するあれこれ・昭和時代の生活の備忘録)

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いまさらですが、なにをもって駄菓子と呼ぶか、の一考

      2015/11/18

松山製菓も名古屋の駄菓子メーカーと標榜していますが、今さらですが、駄菓子とは、何を指して言うのでしょう?  もともと江戸時代に「上菓子」に対する言葉として、庶民にも手の届く低廉な菓子を「駄菓子」と呼んだようです。 なので、原料も安いもの、たとえば和三盆や上白糖などでなく粗糖とか、米の代わりに雑穀や豆類とかで作られていたりしたのでしょう。 そこにあるのは、値段も原料も安い、「安物」というイメージです。 既出の粉末ジュースにしても、本格派ならば砂糖と果汁粉末で作るところなのでしょうが、ブドウ糖にサッカリン・ズルチンなどの人工甘味料、味付けも合成香料といった代替原料を使って作ることで、1個5円で売れた、ということでしょうし、、。

しかし、安さや素材だけで駄菓子を定義してしまうと、現代では難しいものがあります。たとえば、同じ30円でも、「さくらんぼ餅」は駄菓子と言ってもいいでしょうが、「ブラックサンダー」は駄菓子なのか(有楽製菓さんに叱られる)? 同じような素材で作られている、「ガブリチュウ」を駄菓子と呼ぶなら、森永ハイチュウはどうなの? 同じコンペイ糖でも、京都の和菓子屋さんがつくると上菓子で、マルタの「夜空の星」は駄菓子。

昭和の全盛期の駄菓子には、安さもさることながら、それプラス子供心をそそる何かがありました。 それは、おまけ付き、とか、くじ付き・当たり付き、といった付加価値です。グリコやゼリコ(=鈴木栄光堂のキャラメル)のおまけ、吊り下げくじの甘納豆、でっかい飴が当たる糸引き飴、ヒット3本かホームラン1本で、もう1個もらえる名糖のホームランバー、などなど。 こどもたちは、駄菓子屋さんで買い物の楽しさを覚えました。 駄菓子には子供の射幸心や物欲をあおる仕掛け・チカラがありました。 この程で言えば、仮面ライダースナックや、ビックリマンチョコ、敷衍すればプロ野球チップス、あたりまでは、駄菓子の進化型とみなしても良いかもしれません(メーカーさんには叱られるでしょうが)。

POSレジシステムが普及しだした頃から、小売店に面倒臭がられるために「当たり付き」はあまり見かけなくなりました。 丸川のフィリックスガムなども、以前は当たり付きだった記憶があります。(今はどうなっているんでしょう?)

現在では、子供の購買心をそそる仕掛けは、もっぱらパッケージングやネーミングで、となっております。 うまい棒の大成功は、このネーミングと似非ドラえもんのキャラのおかげだし。 駄菓子業界は、もはや「やおきん」があれば、こと足りる、といった様相です。

なので、「まけんグミ」などの当たり付き菓子を、いまでもラインナップの主力としている丹生堂本舗さんは、頑張って欲しいです。 素材自体は、ラムネやチョコレートなど、現代風になっていますけども。

昔ながらの駄菓子の定義にぴったり当てはまるのは、爪楊枝の刺さった当たり付きの「きなこ棒」くらいかな、と考えていたのですが、こちらも、当たり無しのものや、無印良品まで出ているようで、もはや、垣根はあってないようなものです。

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