@名古屋

松山製菓:番外編 (会社のうらばなしと名古屋の駄菓子に関するあれこれ・昭和時代の生活の備忘録)

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子供のころの駄菓子環境:ご近所さんは駄菓子メーカーだらけ

      2015/12/05

名古屋は、駄菓子メーカーの盛んなところと言われていますが、昔ながらの由緒ある駄菓子なら、川越駄菓子とか、仙台駄菓子の方で、名古屋の駄菓子の発展は、戦後のものと認識しています。

自分は、名古屋駅西側の中村区の育ちですが、ご近所には、普通の民家に混じって、駄菓子の製造屋さんがたくさんありました。 町内をめぐれば、ちょうど、パン屋さんがパンの耳を安く売るのと同じ感じで、駄菓子の製造屋さんの勝手口で、ウエハース菓子の切れ端やカステラの切れ端、マンボの切れ端などをビニール袋に入れて売っており、それらを買い求めることができました。

(マンボというのは、コーンスターチや香料などを溶いた液をビニールチューブに入れて乾燥させて作るお菓子で、ちょうど甘いラムネ菓子の柔らかいのがストローサイズのビニールには入っているのを想像してもらえば近いと思います。 知らない方も多いかと思いますが、歯でガジガジとかじって中身を食べる、名古屋の子供のあいだでは、なじみのお菓子でした。 今ではもう、西区の丸義製菓が製造しているくらいで、ほかは無くなってしまったのではないでしょうか?)

manbo

これの端っこの切り落としが1袋5円で買えました。 これら、製造屋さんで調達できる駄菓子でたいていはこと足りるのですが、そうでないお菓子やおもちゃ関係に用事があるときは、近所の菓子屋へ行きます。 だいたい、菓子屋さんにはおおざっぱに3種類のタイプがあって、1つめは、普通のお菓子屋さんで、たいていは、「シキシマパン」とか「長栄軒のパン」など、パンメーカーの赤い看板が掲げてあって、売っているものも「メーカー品」と呼ばれる、明治・森永・グリコなどのお菓子でした。 2つめが、クッキーや、飴、せんべい・あられなどが、ガラス瓶(ねこびんと呼びます)や、木製にブリキを張った箱にガラスの蓋がしてある什器にバラで入っているのを量り売りで買って、紙袋に入れてもらうタイプの今で言うレトロな感じのお菓子屋さん。 3つめが、ビー玉や、かんしゃく玉、風船などの小物玩具も揃っていて、当たり付き菓子などの品揃えが充実したお店です。 この3つめのタイプは、たいてい文房具屋とかお好み焼き屋が兼業でやっておりました。

いちばんお世話になったのは3番目のタイプのお店で、お好み焼き屋を兼ねていました。 広さにして5〜6坪くらい、正式な屋号は知らず、子供らの間では「じじばば」と呼ばれていましたが、店でお好みを焼いているのは息子さん=中年のおじさんです。 おばあさんはまだ生きていて接客をしていましたが、おじいさんはいませんでしたので、相当古くから子供らの御用達で、呼称も代々受け継がれてきたものなのでしょう。 たこせんを買うと、お好み焼きの鉄板で炙って、ソースを塗って青のりをかけてもらえます。 競輪場が近かったため、開催日にはたちまち柄の悪い環境に変わる、店のおじさんも新聞片手に仕事する、といった按配で、かれこれ50年ほど前のことなので、思い出補正も入るかと思いますが、かなりカオスなお店だった印象があります。

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